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東京高等裁判所 昭和60年(行コ)37号 判決

昭和六〇年(行コ)第三七号事件控訴人、同第四五号事件参加人 総評全国一般労働組合神奈川地方本部

右代表者執行委員長 三瀬勝司

右訴訟代理人弁護士 野村正勝

三浦守正

昭和六〇年(行コ)第四五号事件控訴人、同三七号事件参加人株式会社 明輝製作所

右代表者代表取締役 黒柳勝太郎

右訴訟代理人弁護士 星運吉

昭和六〇年(行コ)第三七号、同第四五号事件被控訴人 中央労働委員会

右代表者会長 石川吉右衛門

右指定代理人 大宮五郎

〈ほか四名〉

主文

一  昭和六〇年(行コ)第四五号事件控訴人の控訴を棄却する。

二  原判決中昭和六〇年(行コ)第三七号事件控訴人に関する部分を取り消す。

昭和六〇年(行コ)第三七号事件被控訴人が中労委昭和五五年(不再)第五六号事件について昭和五七年九月一日付けでした命令中残業及び休日出勤の差別扱いについての賃金相当額の支払を求める救済申立てを組合員丹野誓志以外の者につき棄却した部分を取り消す。

三  昭和六〇年(行コ)第四五号事件控訴人と同事件被控訴人及び参加人との間の控訴費用は、同事件控訴人の負担とし、昭和六〇年(行コ)第三七号事件控訴人と同事件被控訴人及び参加人との間の訴訟費用は、第一、二審とも、参加によって生じた費用を同事件参加人の負担とし、その余を同事件被控訴人の負担とする。

事実

昭和六〇年(行コ)第三七号事件控訴人(同第四五号事件参加人。以下「控訴組合」という。)は「原判決中控訴組合に関する部分を取り消す。被控訴人が中労委昭和五五年(不再)第五六号事件について昭和五七年九月一日付でした命令中残業及び休日出勤の差別扱いについての賃金相当額の支払を求める救済申立てを組合員丹野誓志以外の者につき棄却した部分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、昭和六〇年(行コ)第四五号事件控訴人(同三七号事件参加人。以下「控訴会社」という。)は「原判決中控訴会社に関する部分を取り消す。被控訴人が中労委昭和五五年(不再)第五六号事件について昭和五七年九月一日付けでした命令(控訴組合が取消しを求めている部分を除く。)を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人及び参加人の負担とする。」との判決を求め、昭和六〇年(行コ)第三七号、第四五号事件被控訴人(以下「被控訴人」という。)は各控訴に対し控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、控訴組合代理人において「最高裁判所が昭和六一年六月一〇日にした判決は、組合員に対する不当な賃金カットの事案において、不利益を受けた組合員がその後会社を退職して組合員資格を喪失しても、組合は救済を求める利益を失わないとするものであるが、不当な賃金カットも本件のような残業及び休日出勤の差別も、ともに労働組合法第七条第一号にいう不利益扱いであることにおいて共通であり、会社退職に伴う組合員資格喪失も組合脱退による資格喪失も喪失の態様が異なるだけであって根本的な差ではないから、本件も右最高裁判所の判断の適用を受けるべきものである。」と述べ、被控訴代理人において右主張を争うと述べたほかは、原判決事実摘示(判決書五丁表末行「ラジアボール盤担当」を「ラジアルボール盤担当」に改める。)のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  控訴組合が昭和五二年一〇月一八日にした救済申立てに基づき、昭和五五年八月二六日付け地労委の初審命令を経て昭和五七年九月一日付けで本件命令が発せられたという経緯は、原判決理由一説示のとおりであって(その記載を引用する。)、当事者間に争いがない。

二  原審において取り調べた証拠及び弁論の全趣旨によれば、控訴会社は、家庭電気製品のプラスチック金型の設計、製作を業とし、その従業員は約一九〇名であること、控訴組合には、控訴会社の横浜工場及び大和工場の大多数の従業員によって組織される横浜分会及び大和分会があり、両分会は、昭和五一年一一月二〇日以降公然と組合活動を開始したこと、これに対し、控訴会社は、分会の申入れにもかかわらず団体交渉を拒否したり、管理職を通じて組合脱退の説得や組合に対する誹謗、中傷を行ったりしたこと、その結果脱退者が相次ぎ、昭和五二年四月には、横浜分会の組合員は三名に、大和分会の組合員は八名に激減したこと、他方、同年二月には脱退者を中心として別組合たる明輝製作所労働組合が結成されたこと、控訴会社は、同年四月ころから、①控訴組合に残留する組合員、特に丹野誓志、上野充、佐藤明、兼田邦男、清水昭二及び市村輝雄に対して、殊更に、多数回にわたり倉庫整理や屋根のペンキ塗り等の雑作業を命じ、あるいは本来の仕事を行わせず、また、②控訴組合に残留する組合員に対してだけは、残業や休日出勤をする申出があっても、ごく例外の場合のほかはこれを認めないなど、他の従業員に対するのとは異なる取扱いをしたこと(以下①を「仕事上の差別」、②を「残業等についての差別」という。)、なお、地労委の初審結審時には控訴組合に残留する組合員は丹野誓志一名のみとなったこと、等の事実を認めることができる。

右認定の仕事上の差別及び残業等についての差別は、労働組合活動を理由とする不利益取扱いであり、労働組合に対する支配介入であり、本件命令がこれを不当労働行為とした上、控訴会社に対し、仕事上の差別及び残業等についての差別を禁止し、組合員丹野誓志につき残業等についての差別がなければ残業及び休日出勤によって得たであろう賃金相当額(これに年五分相当額を加算。以下同じ。)を同人に支払うよう命じ、更に誓約書の掲示を命じた部分は違法でない。

以上の認定判断の詳細は、次のように訂正するほかは、原判決理由二ないし八の説示のとおりであるから、その記載を引用する。

1  原判決書一八丁裏三、四行目「組合は」の下に「、総評全国一般労働組合傘下の神奈川県における組織であって、一八支部・六六分会を擁し、主として中小企業で働く労働者約二三〇〇名で構成され」を加える。

2  《証拠付加省略》

3  《証拠付加省略》

4  《証拠付加省略》

5  《証拠付加省略》

6  《証拠付加省略》

7  同二五丁表初行「黒沢社長付」を「黒柳社長付」に改める。

8  《証拠付加省略》

9  《証拠付加省略》

10  同二六丁裏六行目括弧書きを削る。

11  同二七丁表八行目「程度であった」のに下に「。なお、丹野ら六名の分会員は、同年一二月から昭和五二年三月にかけては残業及び休日出勤を全くせず、してもごくわずかな時間であった月が多かったが、これは会社による団体交渉の拒絶その他組合活動への支配介入に対する組織防衛対策に忙殺されたためであり、特に意図的に残業及び休日出勤を拒否したことによるものではなかった」を加える。

12  《証拠付加省略》

13  《証拠付加省略》

14  《証拠付加省略》

三  以上のとおりであるから、本件命令中右二において違法でないと判断した部分の取消しを求める控訴会社の請求は、理由がない。

四  本件命令は、右部分については控訴組合の救済申立てを容れているが、その余の部分、すなわち初審結審時に控訴組合を脱退している前記上野、佐藤、兼田、清水及び市村につき、残業等についての差別がなければ残業及び休日出勤によって得たであろう賃金相当額を右五名の者に支払うよう命ずる旨を求める救済申立てについては、これを棄却している。

しかしながら、その当時組合員であった右五名の者に対する残業等についての差別は、個々の組合員の権利利益の侵害にとどまらず、組合運営についての支配介入にも当たるのであるから、控訴組合は、正常な集団的労使関係秩序を回復確保するために、かかる侵害状態の除却、是正を求める固有の救済利益を有するものであって、右の利益は、不利益扱いを受けた組合員がたとえ自己の意思によって組合を脱退した場合においても失われるものではないと解すべきである。もっとも、その救済内容が、右に掲げた控訴組合の救済申立てのように、組合員個人の雇用関係上の権利利益の回復という形を取っている場合には、当該組合員が組合脱退に伴い積極的に右権利利益を放棄する意思表示をするか、又は組合の救済命令申立てを通じて右権利利益の回復を図る意思のないことを表明したときは、組合はかかる内容の救済を求めることはできないと解されるが、本件においては、前記脱退組合員らにおいて右のごとき意思表示ないしは意思の表明をしたことを認めることのできる証拠はない。この点については、組合員らの脱退がすなわち右の意思表示ないし意思の表明であるとの考え方もあり得るが、組合からの脱退には、それが組合員自らの意思に基づく場合であっても、通常は右のような意思表示ないしは意思の表明が含まれているものとは認められないから、右の考え方に従うことはできない。このことは、組合員の組合脱退が会社を退職した後に改めて自己の意思に基づいてしたものであっても同様である。

したがって、控訴組合は、控訴会社の本件不当労働行為に対する救済として、上野ら五名の組合脱退者につき残業等についての差別がなければ残業及び休日出勤によって得たであろう賃金相当額を右五名の者に支払うよう求めることができるものというべきであるから、控訴組合が上野ら脱退組合員の不利益是正に関する被救済利益を失ったとして右の救済申立てを棄却した被控訴人の本件命令部分は違法であり、その取消しを求める控訴組合の請求は、理由がある。

五  よって、原判決中控訴会社の請求を棄却した部分は相当であるから、控訴会社の控訴を棄却し、同じく控訴組合の請求を棄却した部分は不当であるから、これを取り消して控訴組合の請求を認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九五条、第九六条、第九四条及び第八九条に従い、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 安國種彦 伊藤剛)

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